「鯉のぼり」を上げてはいけない町が京都にあった!その謎に迫る!!

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5月5日のこどもの日。保育園や幼稚園、また裕福な家庭だったら鯉のぼりを立てている所もあるかと思います。

そもそも鯉のぼりをあげる由来ですが、江戸時代に7歳以下の男子のいる武家では、端午(5月はじめの午(うま)の日)に、戦(いくさ)の際に使用する「のぼり」や「吹き流し」などを立てるのが風習となっていました。

武家以外の町人は、そういった「のぼり」や「吹き流し」を立てることが禁止されていた為、武家に対抗して「鯉」の「のぼり」を立てたというのが由来です。鯉が「登る」という意味ではないんですね。

鯉を何故使うのかというと、中国の古い書物である後漢書に、黄河の上流に竜門という激しい流れのある場所があり、そこに多くの鯉が集まっていて、大半は急流を登れないが、もし登ったら龍になると言い伝えられているところからきています。

ここから鯉が立身出世の象徴となり、鯉のぼりで使われることになりました。ちなみにこの話の「竜門」という場所から、立身出世のための関門を意味する『登竜門』という言葉ができました。

そんな鯉のぼりを町をあげて全力で「あげない」場所が京都にあります。あげない理由は勿論あるのですが、その由来に迫ってみたいと思います。

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鯉のぼりをあげない町「亀岡市大井町」

場所は京都府亀岡市大井町。地図で言うと以下の場所になります。鯉のぼりをあげない由緒のある神社が、JR亀岡駅から北に1駅行ったJR並河駅から徒歩約4分のところにあります。その名も大井神社です。

この付近に住んでいる人達は、普段から鯉のぼりをあげないし、鯉をとったり、触ったり、さらには飼ったりすることすら禁止しているそうで古くから、そうするとバチが当たると言い伝えられているとのこと。頑なに皆さんこの風習・慣習を守っています。

神様が鯉に乗ってやってきた!という伝説

この大井神社から南東20km、また京都嵐山にある渡月橋から南に約2kmの所にある松尾大社から、神話の神様である月読命(ツクヨミノミコト)市杵島姫命(イチキシマヒメノミコト)が亀に乗って大堰川(渡月橋より上流を大堰川(おおいがわ)、下流を桂川という)をのぼっていました。ですが、保津峡にある八畳岩付近で急流により亀では先に進めなくなりました。ここで言う大堰川は、保津川下りで有名な川と同一のものです神様達は保津川を上っていったんですね。

神様たちが進めず困っていた所、近くの鯉が私に乗ってくださいと言い、鯉に乗って今の大井神社付近まで神様達がたどり着くことができたので、近くの人達が大井神社を建立したという言い伝えがあります。

この鯉に乗って神様がやってきたという所から、鯉は「神様の使い」という事となり、鯉をとったり、飼ったり、鯉のぼりをあげることは不敬だ、ということで禁忌になったそうです。

「お鯉さん」「鯉明神」として親しまれる大井神社

この大井神社の公式サイトがこちらにあります。サイトにも載っていますが、鯉をかたどったものを掲げてあります。地元では、「お鯉さん」「鯉明神」という愛称で親しまれています。

大井神社は月読命(ツクヨミノミコト)が月の神様、市杵島姫命(イチキシマヒメノミコト)は女性の神様ということから、安産のご利益があるとのことです。

(出典:http://blog.livedoor.jp/ooijinja-densetsu/archives/1026076753.html

 

公式サイトにもあるのですが、江戸時代中期から後期に活躍した絵師である円山応挙が描いた月読命と鯉の絵が大井神社にはあるようで、そう考えてもこの伝説は江戸時代でも有名だったことを思わせます。

広島カープの聖地に大井神社を!

私は阪神ファンですが、これだけ鯉を祀っているのであれば広島カープのファンがこの神社を崇めても良いのではないか!?と思ってしまいました(笑)

広島からは遠いですが、関西に旅行に来た広島ファンは、嵐山に観光に来たついでに、数駅足を伸ばして、大井神社まで是非行って優勝のお祈りをして欲しいですね。

【場所】

大井神社

住所:京都府亀岡市大井町並河1-3-25

アクセス:JR京都駅より山陰本線(嵯峨野線)乗車 並河駅下車 東へ徒歩5分

[京都駅からだと30分、嵐山駅からだと20分です]